若者のコンビニ離れはなぜ起きる?理由と原因_エッセイ

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若者のコンビニ離れはなぜ起きる?理由と原因 ーその他雑記

若者がコンビニから離れている、という話はよく見ます。

ただ、これは絶縁というより「使う回数を減らした」という現象に近いです。コンビニを嫌いになったのではなく、行く理由が減った。行く理由が減ったので、行く回数が落ちる。こういう順番です。

若者のコンビニ離れはなぜ起きる?理由と原因

昔のコンビニは「人生のリカバリー装置」でした。

財布を忘れたらATM。雨が降ったら傘。夜中に腹が減ったら弁当。プリントが要るならコピー。電池が切れたら買う。ついでにチョコも買う。ついでのついでにホットスナックの匂いで理性が終わる。こういう、弱さ込みで成立する場所でした。

ところが今、穴の塞ぎ方が分散しています。

支払いはスマホ。請求もアプリ。印刷しないで済む場面も増える。受け取りは宅配ロッカー。つまり「コンビニでしかできない」が減ったぶん、寄る必然も減りやすい。

ここに価格が刺さります。

コンビニは高い。これは今に始まった話ではありません。違うのは、今は“高い”が可視化されやすい点です。家計簿アプリや決済明細を見ると、コンビニって少額のくせに積み上がります。千円弱の会計が気づけば月のどこかで何回も出てきて、後から見ると「誰だよこの店に定期購読してるの」みたいな気分になります。

若者が減らしているのは、買い物というより「あとで自分に怒られる買い方」だと思われます。

コンビニは便利です。ただ、便利という理由が昔ほど強くありません。スマホで片づくことが増えると、「便利だから払う」が成立する回数が減ります。便利の希少性が下がった、と言えば分かりやすいです。

代替先も強いです。

ドラッグストアや小型スーパーは、食品が増えて、値段が強くて、まとめ買いがしやすい。しかもポイントとクーポンがある。ここが重要で、若者はお金の話をするとき「安い」より「得した」のほうが動きます。得した感は麻酔です。痛い支出も、得したと感じた瞬間に痛くなくなる。コンビニはこの麻酔が効きにくい場面があるので、回数が削られやすい。

とはいえ、コンビニが不要になったわけでもありません。

若者のコンビニは、用途が絞られている感じがあります。時間を買う。機能を買う。気分を買う。雨、深夜、移動中、急ぎの昼食、新商品のスイーツ。こういう「今日だけは頼む」場面では強い。つまり、日常の主戦場からは外れがちでも、緊急の切り札としては残る。

この“切り札化”が進むと、妙なことが起きます。

普段は行かないのに、行くときは妥協しないので単価が上がる。単価が上がると売上は見栄えがする。見栄えがするので外から見ると好調に見える。でも体感としては「昔より寄らなくなった」。売上のニュースと肌感がズレるのは、ここで説明がつきます。

そして最後に、地味に効くのが「迷う場所」が変わったことです。

昔は店で迷って、ついで買いが増えました。今はスマホで先に見て、先に決めて、店では回収するだけになりやすい。迷いが減ると、匂いに負ける回数も減ります。ホットスナックの匂いは強いですが、スマホで「今日は節約」って決めた後の人間は、ちょっとだけ強いです。

若者のコンビニ離れは、怒りや価値観の断絶というより、生活の設計が少し変わった結果として起きている、と見たほうが筋が通ります。


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ここで一回、若者の頭の中に入ったつもりになります。

コンビニに入る。ドアが開く。冷気が来る。棚が光っている。ここまでは気持ちいい。問題はその次です。値札を見る。そこで現実が来ます。現実はだいたい数字で来る。数字は優しい顔をしない。

たとえば、飲み物を一本取る。昔なら「喉が渇いた」で終わりです。今は「喉が渇いた」と「これ、家にあるのに」と「スーパーならもっと安い」と「でも今すぐだし」が同時に頭の中で会議を始めます。若者の脳内は、いつも稟議が速い。決裁が降りないと買えない。

この稟議を面倒にしているのが、比較情報です。

昔は比較しようがなかった。コンビニはコンビニで完結していた。ところが今は、比較が勝手に目に入ります。アプリのクーポン。友達の「それ高くない?」という一言。SNSの「これがコスパ最強」みたいな投稿。こういうのが、脳内の稟議書に勝手に添付されます。添付資料が多い稟議は通りにくい。

そして若者は、たぶん「安くしたい」より「後悔したくない」が強いです。

安いは正義じゃない。後悔しないが正義。だから、コンビニで買うときは「後悔しない理由」が要ります。たとえば、時間がない。雨だ。深夜だ。今日は頑張った。こういう言い訳が立つと、コンビニは強い。逆に、言い訳が立たない日に買うと、翌日の自分に刺されます。刺すのは他人ではなく、明細です。明細は冷たい。

ここで、若者のコンビニ利用が「切り札化」する理由が見えます。

切り札は頻繁に切らない。頻繁に切ったら切り札じゃない。切り札は、いざという時に切るから切り札です。だから、普段は使わない。でも使う時は強い。強いからこそ単価も上がる。単価が上がると売上は伸びる。でも回数は減る。この、見た目と中身がズレる現象が起きます。

じゃあコンビニは、このまま若者に忘れられていくのか。

忘れられる可能性はあります。ただし、忘れられ方にも種類があります。完全に忘れられるのは、存在が視界に入らない時です。視界に入っているのに使わないのは「使う理由がない」だけです。コンビニは視界に入る。駅前にある。住宅街にもある。照明が明るい。存在感は強い。つまり問題は、存在ではなく理由です。

では、理由を作るにはどうするか。

ここでコンビニの強みが、また顔を出します。コンビニは「小さなご褒美」を作るのが上手い。スイーツ、限定、コラボ、季節、ちょっと良いコーヒー。あれは、日常の気分に小さく針を刺して、血を出さずにテンションだけ上げる技術です。若者が戻るとしたら、節約の反対側、つまり「ご褒美の正当化」が必要なタイミングです。

たとえば、こうです。

昼の仕事が終わった帰り、スーパーに寄る気力はない。でも帰宅してから料理する気力もない。ここでコンビニが刺さる。これは「安いから」ではなく「今日は生き延びるから」です。生き延びるは最強の言い訳です。

あるいは、雨の日。傘を買う。ついでに温かい飲み物を買う。ここでもコンビニが刺さる。雨は強い味方です。雨は客を運びます。コンビニにとって雨は、天然の営業マンです。

さらに、移動中。電車に乗る前。小腹が空いた。ここでもコンビニが刺さる。移動は時間が割れているので、まとめ買いがしにくい。割れている時間には、コンビニが入り込みます。

つまり若者は、コンビニを捨てるのではなく、「日常の主食」から「日常の非常食」に置き換えている感じがあります。

非常食って、普段は触らないのに、あると安心します。棚の奥で光っている。いざという時に役立つ。コンビニは、街の非常食化している。こう言うと、ちょっと詩的に聞こえますが、要は回数の問題です。

ここで、若者がコンビニに戻る条件を、もう少し具体的にします。

一つ目は、値段の納得感です。安くしろ、ではありません。納得させろ、です。同じ値段でも、理由があると買えます。量、質、限定感、セット、ポイント。若者は理由を買います。理由が弱い商品は、棚にあっても脳内稟議で落ちます。

二つ目は、選択のストレスを減らすことです。若者は最適化が速いぶん、迷うのを嫌います。棚の前で悩むのは、時間だけでなく自己否定が入るからです。「なんで今これで悩んでるんだ」ってなる。だから、選びやすさが価値になります。いまコンビニが「これを買えば間違いない」を作れるかどうかは大きい。

三つ目は、体験の気持ちよさです。コンビニは店が小さいので、体験が揺れるとすぐバレます。混雑、レジ待ち、品切れ、店内の疲れた空気。こういうのが一回でも刺さると「高いのに面倒」が発生します。若者はこれを覚えます。覚えた後は、代替先に移るだけです。

つまり、若者のコンビニ離れは、若者の気持ちが冷めた話ではありません。

「理由が薄い買い物」が減った話です。

コンビニがやるべきことは、若者を説教して呼び戻すことではなく、理由を作り直すことになります。若者は、納得できるなら払う。納得できないなら払わない。それだけです。


朝、スマホのアラームが鳴って、若者はまず現実と交渉します。

起きるか、起きないか。起きたほうがいいのは分かっている。しかし、起きないほうが気持ちは勝つ。ここで勝つのは現実です。遅刻は高い。眠気は安い。若者は起きます。

家を出る直前、冷蔵庫を開ける。飲み物がある。パンもある。前日に買ったヨーグルトもある。つまり朝のコンビニ需要は、ここで潰れます。これは節約の勝利というより、失敗の予防です。朝にコンビニへ寄ると、なぜか財布のひもが緩む。緩むのは意思ではなく、時間の焦りです。時間の焦りは判断力を溶かします。だから、家にある。家にあるだけで、人間は立派になります。

駅に向かう途中、コンビニの前を通る。入れば、温かいコーヒーと、ちょっといいパンと、ついでの甘いものが待っています。誘惑は優しい顔をしています。ただ、若者は今日の自分を知っている。月末だ。明細が怖い。ここで若者は勝ちます。勝つというより、入らないだけです。入らなければ負けようがない。

昼、仕事や授業の合間。ここが分岐点です。

まず時間がある日。こういう日は、スーパーや学食、社食が勝ちます。理由が強いからです。安い、量がある、選べる。おまけに「ちゃんと生活している感」が付いてくる。若者はこの「ちゃんと感」が好きです。ちゃんと感は、自己肯定をつまめる便利な副菜です。コンビニには、ちゃんと感が付きにくい。便利感は付くけど、ちゃんと感は付かない。

次に時間がない日。ここでコンビニが勝ちます。

会議が押した。授業が延びた。バイトのシフトが詰まっている。雨が降っている。こういう時のコンビニは強い。「今日は仕方ない」が使えるからです。若者が欲しいのは安さより免罪符です。免罪符が出ると、財布は動きます。ここで買うのは弁当だけではありません。飲み物も買うし、デザートも買う。ついで買いの理由も同時に立つからです。「だって今日は大変だったし」。この一言で、甘いものが正当化されます。

夕方。疲れが溜まってきます。

ここから若者は、選択肢を減らしていきます。人間は疲れると賢くなるのではなく、面倒を嫌うだけです。面倒を嫌うと、買い物は「少ない手数で満足を取りに行く」方向に寄ります。スーパーで献立を考えるのは、実は重労働です。肉と野菜を買って、家で調理して、洗い物をして、という未来が一気に見える。未来が見えると、人は逃げます。

この時間帯に、コンビニが再び浮上します。

家に帰る途中の明かり。ドアが開く。すぐ食べられる。洗い物が少ない。とにかく「今日を終わらせられる」。この力は強いです。価格は高い。それでも選ばれるのは、値段よりも「今日の終わり」を買っているからです。若者がコンビニで払っているのは、カロリーではなく、終業の合図かもしれません。

ただし、ここにも分岐があります。

疲れているけど、家には冷凍食品がある。米もある。レトルトもある。こういう備蓄がある若者は、コンビニを回避できます。回避できるのは意思が強いからではなく、事前に負けない配置を作っているからです。意思で勝とうとすると負けるので、環境で勝つ。若者はこの手の工夫がうまい。

夜。コンビニが最強になる時間です。

深夜のコンビニは、値段の議論を一回止めます。なぜなら代替が少ないからです。スーパーは閉まっている。ドラッグストアも閉まっている。ここでコンビニは「高い」ではなく「唯一」になります。唯一は強い。若者は唯一には払います。払っても、後悔が薄い。後悔は比較から生まれるので、比較がなければ後悔しにくいからです。

こうして一日を追うと、「若者のコンビニ離れ」は、好き嫌いの問題よりも、状況の問題として見えてきます。

時間がある。代替がある。家に備蓄がある。こういう時はコンビニが外れる。

時間がない。雨が降る。疲れている。代替がない。こういう時はコンビニが刺さる。

つまり、若者はコンビニに行く気持ちが減ったのではなく、コンビニに行かなくても済む瞬間が増えた、という整理になります。


若者のコンビニ離れは、冷めたとか、ケチになったとか、そういう単純な話ではありません。

「行かない」ではなく、「行かなくても済む瞬間が増えた」。その結果として、回数が減った。そう捉えると、筋が通ります。

スマホが支払いを受け持ち、ドラッグストアや小型スーパーが日常の主戦場になり、家には冷凍や備蓄が増える。こうして生活の穴が埋まっていくほど、コンビニは「毎日寄る場所」から「必要なときに頼る場所」へと役割が変わっていきます。

それでも、雨の日、深夜、移動中、疲れ切った帰り道。こういう場面では、コンビニの強さは残ります。だから若者は離れたのではなく、使い方を研ぎ澄ませただけ、と言えそうです。

そして、もしこの先も変化が続くなら、勝負は「安さ」ではなく「理由」になります。納得できる値段なら払う。時間が買えるなら払う。気分が上がるなら払う。逆に言えば、理由が薄い買い物は、静かに消えていく。

コンビニは、街の非常口としての価値を持ち続けます。問題は、非常口だけで終わるのか、それとも日常の中に、もう一つ入口を作れるのか。若者の足が向くかどうかは、そこにかかっています。


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本記事は一般に公開されている情報や日常的な利用実感をもとに、若者の「コンビニ離れ」と呼ばれる傾向について考察したものであり、特定の企業、店舗、商品、個人を指して評価、批判、推奨する目的はありません。記載内容は執筆時点の情報に基づく一般論および推定を含み、正確性、完全性、最新性を保証するものではなく、地域、属性、生活環境、時期により実態は異なる可能性があります。本記事は投資、雇用、契約、購買等の意思決定を助言するものではなく、読者が本記事の情報を用いて行った判断や行動により生じたいかなる損害についても、執筆者は責任を負いません。各種統計、調査、報道等の参照がある場合でも、その解釈や要約は執筆者の見解であり、原典の趣旨を保証するものではありません。また、本記事により特定の立場や属性に対する差別、偏見、誹謗中傷を助長する意図はなく、そのような用途での利用を固くお断りします。

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